今から思えば、「その人」はそもそも中国語がとてもよくでき、私とはレベルが違うのに、浅はかにもその人の習いに行っている教室に自分も行こうと思い立ち、体験授業に行きました。
最初から、これくらいはできて当たり前という雰囲気に気おされましたが、「どうしますか」と先生に聞かれ、即座に「入れてください」とお願いし、10数年経ちました。
フルタイムの仕事の後で、時刻通りに行くことさえかなり難しく、予習復習に力を入れることは最初からあきらめていました。
中国語の各種資格・検定試験は、短時間詰め込み式では合格しても役に立たないと考えていたので、特に時間を割くことはしていませんでした。
それよりも、大変失礼なたとえですが、「ホコリのように長い時間が経って初めて少したまっていることに気づく」。そのように身に付いたものは、少々はたいても落ちないのではないかという勝手な考えを持っていました。
休むことはあまりなく、授業にだけは出ていました。特に受験対策らしきことは、中国語に関してはしていませんでしたが、3年経った頃に通訳ガイド試験に合格しました。
私のようなズボラな人間にも、飛躍的な伸びでなくても、中国語がホコリのようにたまっていくのは、あらゆる角度から行われる授業のおかげだと思います。
毎週同じように進んでいると思える課文音読、成語、虚詞、文章の日文中訳、クイックレスポンス、そして何より最新の話題による通訳練習に鍛えられます。
興味のある分野の時には勘が働き、めったにありませんがちょっとだけ褒められ、とても楽しく感じます。
必死になっているわけでもないのに、中身の濃い2時間を過ごしているせいか、授業が終わったらぐったりするくらいです。
それでも先生からは「終わるときは元気やねぇ」と言われ、恥じ入っています。
「活到老学到老」と言われるように、これからも続けていきたいと思います。